正しいはずの提言が砕け散った日。私の組織開発における原体験
今回は、キャリアコンサルタントとしてではなく、一人の人間としての、私の忘れられない胸の痛む経験をお話しさせてください。もし今、あなたの誠実な努力が、どうしても越えられない壁に阻まれているとしたら、この話はあなたの心を少しだけ軽くできるかもしれません。
かつての私が、ある組織の未来を信じ、1年という歳月をかけて社員一人ひとりの声に耳を傾けたことがありました。現場の課題と真摯に向き合い、作り上げた渾身の改善報告。しかし、それを手にした経営者から返ってきたのは拒絶の言葉。そして、突然告げられた契約終了という、あまりにも理不尽な結末でした。
データも、論理も、情熱も、すべては揃っていたはず。一体、何が私の提言を阻んだのか。
その壁の正体を知った時、私が感じたのは深い、深い絶望感でした。壁の正体は、亡き先代経営者が遺した「見えざる成功体験」という名の聖域だったのです。現経営者は、常にその偉大な先代の「幻影」と対話していました。彼の意思決定は、未来のビジョンではなく、過去の正解に、まるで呪縛のように固く縛られていたのです。
私が良かれと思って提出した報告書は、彼にとって「改善提案」ではありませんでした。それは、神聖にして不可侵である「先代のやり方」を否定する、許されざる挑戦状に映ってしまったのでしょう。
私が戦っていた相手は、生きている人間や組織の課題ではなかった。故人の記憶と、それに囚われた経営者一人の心の中だったのです。その前では、どんなロジックも、どんなデータも、無力でした。
この身をもって味わった経験は、現在の私のキャリアコンサルタントとしての姿勢に、極めて重要な教訓を刻み込んでいます。
第一に、組織は必ずしも合理的な存在ではない、ということ。
人は、正しいデータを揃え、論理的に説明すれば動くと信じがちです。しかし、組織の根幹には、時に経営者の個人的な原体験や、誰にも触れさせない「聖域」が存在します。まずその組織を本当に動かしている「OS」が何かを見極めなければ、どんなアプリケーションも作動しません。
第二に、手に負えない問題からは「撤退する勇気」もプロフェッショナリズムである、ということ。
組織の課題だと思っていたものが、実は経営者個人の深層心理に関わるテーマだった。そう気づいた時、一人で抱え込む必要はありません。それは敗北ではなく、自分自身の心身を守るための、賢明でプロフェッショナルな判断なのです。
理不尽な形で現場を去ったあの日、私の蒔いた種は、少なくともその組織で芽吹くことはありませんでした。
しかし、あの痛みと無力感があったからこそ、今の私があります。組織や人の深層にまで触れたあの経験は、机上の空論ではない、血の通ったサポートの原点となりました。
もし今、あなたが分厚い壁の前で一人、立ち尽くしているのなら。
その痛みも、苦しみも、もどかしさも、私には痛いほどわかります。あなたのその誠実な格闘は、決して無駄にはなりません。


コメント